横浜での子育て日記、たまに猫とおいしいもの

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まだ深刻な状況の方が多いのに申し訳ありません。
まずは家族全員(猫含む)無事です。
今書いておかないと次に何も書けなくなりそうなのでどんな午後だったか書いておきます。

3時前ごろ、隣の同僚が顔をしかめて「揺れてますね」と言う。
何日か前の地震を思い出す。また東北地方か?あっちに遊びに行っている友人が。
揺れが止まない。大きくなる。立っていられなくなり、上司の「机の下に入って!」という指示が聞こえる。
ビルの防災センターが「避難してください」という間抜けなアナウンスをする。
どこへ?ビルの高層階だぜ。社員の方が落ち着いている。
激しい揺れに気持が悪くなりながら、その強さと長さに死を具体的に想像する。
キャスターがついている椅子などはフロアを右へ左へ流れている。
気丈な同僚が検索して「宮城北部で大地震」だと知らせてくれる。
みるこの保育園は大丈夫そうだ。申し訳ないけれどほっとする。
繋がらない事を確認するように保育園と夫に電話をしてみる。繋がらない。

長い揺れが一時収まっている間に靴や上着を着てすぐに出れるようにする。
テレコムセンターから黒煙が上がっているのを同僚が見つけ、パニックになりそうになるが、皆こらえる。
上からの指示を持った上司が戻って来て全員待機、ただし、子供がいる社員は自己責任で帰ってよし、となる。
帰らなければ。みるこの顔を見なければ。
エレベーターが止まっているので21階から非常階段で降りる。非常階段の壁にはヒビはないが、塗装があちこちはがれ、階段はホコリまみれになっている。
地上についても実感が湧かない。そしてまた大きな揺れ。しゃがみ込む。
そして考える。
自転車で横浜に戻るのは現実的か?否、地図があれば話が違うが、初めて通る道ばかりを帰るのは難しそうだ。
電車は当然止まっているだろうが、代替輸送が用意されるかも知れない品川駅にまずは向かうのが妥当そうに思える。
品川駅に着くと、広場に人が溢れている。行き交う人の話から、倒壊の危険性のある品川駅から出されたようだと分かる。
バスは走っていないらしい。列は長いがタクシー待ちに並ぶ事にする。15時30頃。
やはり何処にも電話が繋がらないが唯一私の実家に繋がったので無事だから、とだけ伝える。
メールも送受信が怪しいようだ。webも3G回線では遅々として進まない。唯一ツイッターが少し時間がかかるが繋がる。
何人かだと誰かが状況を確認しに行ったり、順番で暖を取りに行けるが1人だと本当に状況が分からない。
携帯は古くてワンセグなどは見れない。ツイッターが唯一情報の窓になる。
自分とは直接関係ない話でも大変有難い。

タクシーは最初の頃より戻って来なくなり、列は長くなる一方で、寒さをこらえるよう、足踏みをする。
やっと夫とメールが繋がる。たまたま夫は自宅で仕事していたらしい。みるこの迎えも行けるとのこと。
私がどうしても帰らなくてはならない、という理由がなくなる。
でも帰りたい。足踏みをしてタクシーを待つ。
バスは運行を始めたようだ。
並び始めてから2時間後、タクシーに乗れる。まずはその暖かさが有難い。
首都高は封鎖だと運転手さんに教えてもらう。まずは1号線に向かう。進まない。いつもはあまり車が通らない品川駅の海側の道が車で埋め尽くされている。歩道を歩く人も増えて来た。
タクシーの運転手さんは10年以上のキャリアのベテランさんだがナビが古くて渋滞情報が分からない。
タクシー無線で情報共有しないのかと聞くと、しないとのこと。
タクシーにはNTTの無線LANがあったので、webが早くなる。
首都高と高速は全て閉鎖とyahooで分かる。タクシーのラジオで第三京浜と横横は再開したと知る。
ラジオの情報は確実でアナウンスは冷静だが、圧倒的に量が足りない。
被災地はどうなっているのか。
どこに向かうのが最良なのか。
大崎まで進むのにメーターは5000円を超えている。歩道を歩く人がどんどん増えて来る。
まだ戸越。品川の近くに4時間もいた事になる。
人が車道にまであふれてきた。コンビニの食料品棚にはおむすびなどがなく、カップ麺などを大量買いしている人もいる。
第三京浜はかなり遠回りになるが、1号線をこのまま進むより早く横浜に付けるかもしれない。
運転手さんも悩むが、目黒通りを使って第三京浜を目指すことにする。
目黒通りはスムーズで、瀟洒なマンションには暖かな灯りがともって、そこに安全な家庭が有る事を想像させる。
第三京浜は流れていて、運転手さんも私も喝采する。途中で保土ヶ谷渋滞4キロ、50分、という表示が出たので港北で降りる。新横も人と車が多いが、東京ほど殺気立っていないように見える。
都内と違って、横浜から出ようとする車の列が横浜駅近くでもみなとみらいでも、中華街前でも続いている。
西之橋でおろしてもらう。少し休憩します、と仰ってたタクシーに私と入れ違いに老夫婦が乗る。
自転車に乗り換えて家を目指す。信号は復旧していて、サティの陸橋が封鎖されて道に警察官を多くみかける以外は普段と変わらない風景に見える。
11時半、家に着く。みるこは夢の中でほっぺただけ触る。
テレビで現状を知り、あまりの惨状に目が離せなくなる。
猫は巣から出て来なかったので、こちらから挨拶しに。「あんたたちは自分でなんとかしてくれ」

2011.03.12 / Top↑
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